パレード/川上弘美絵・吉富貴子 平凡社

昨年話題になった「センセイの鞄」のサイド・ストーリーです。
それがこんな手ごろに、しかも吉富さんの絵がついた、絵本のような暖かさをもって、現れてくれるとは・・・・

「センセイとツキコさんとの物語(センセイの鞄)」は、多分作者にとって「手応え」と「不満」のまま生れ落ちてしまったのではないだろうか?

「大気の練り具合」はかなり上手くいったと思う。
2人を囲む周りの登場人物達は失敗したけれど、小道具達は何気なくてもきちんと座っていてくれた。
センセイの達観が鼻につくけれど、ツキコさんの揺れはなんとか五分五分までもってゆけた。
人知で生まれた事と異界の芳香が絡み合い、ちゃんと「霞んだ」瞬間があった。
しかし、この世界には、長すぎたのが最大の欠点です。

そして今回の「パレード」

なんと言ってもこの大気の濃度に、ぴしゃりの長さで生まれました。
この距離の作品が彼女の真骨頂で、この距離では他に追随を許さない優れた作品を生んでいると思います。
私が読んだ中では、この距離で成功したのは、太宰の「駆け込み訴え」だけのような気がします。
しかし、今回も「不満」の影は薄く延びてきて、吉冨さんとの絵の競作は、残念ながら「淡さ」違いのような気がしますし、異形たちも少し安易だと思います。
それでも、自分の身体に当たって対流の渦を巻き始める「時間の流線」は美しく、少しの力によって乱れてしまう不安と混乱は胸を熱くさせます。

読む度に真面目な「手応え」と「不満」を感じさせる作品が少ない昨今、苦言を述べる楽しみを与えてくれる一押しの推薦本です。

写真記録農村からの証言/英伸三 朝日新聞社
上海放生橋故事/英伸三 アートダイジェスト
屠場文化語られなかった世界/桜井厚・岸衞編 創土社

何か大事なものを忘れてしまっているとか、心がどうとか言う言葉をよく聞くようになってきました。
何を忘れたのですか?
その忘れ物を覚えていたら、今とは違って生きているのでしょうか?
確かに色々なものに目も眩んでしまいました。
他の人が持っているものや、テレビで流れていることには心奪われます。
お金や時間があれば、もっと違う現実に生きることが出来たのでないかとも思ってしまいます。
しかし・・・・

たかが30数年前の日本農業の裸身です。
農家のお母さんやお父さんやおばあちゃん達が、触れると痛いと言われたほどガサガサに荒れた手で掴もうとしていたものは、今晩の食卓の一菜であり、子どものあかぎれを守る靴下一つだったではないですか。
その為に多量の農薬を撒き、自らの身体を蝕み、大企業の下請けの下請けの下請けの内職に睡眠を削り、政治に期待しては裏切られ続けました。
豊かさを求めたことが悪かったのでしょうか?
お偉い先生たちの言葉を信用した彼らが、愚かだったのでしょうか?

子どもや孫の為にお金を欲したことが、いけなかったのですか?
真剣に、そして愚かであったかもしれないけれどその瞬間を生きることに必死で、無数の皺を顔に刻んでいったのです。

肉の値段が高騰すれば、多くの乳牛が屠殺場に送られて行きました。
屠殺場では、溢れ落ちる乳の白い川が流れていて、その川を1頭また1頭と跨ぎ越して行くのです。
酪農家にとっては、仔牛を産む母牛は宝のようなものでしたが、そんな母牛も胎牛を孕んだまま目方の天秤に乗り、一塊の肉と化していったのです。
なかには、屠殺場で産み落とされた仔牛もあったと聞きます。
その仔牛も自力で立つ前に、リヤカーで運ばれて隣の解体場に運ばれて行ったそうです。

生きていました。

生きていますか?

(97年5月感想文)

「愛と名誉のために」/ロバート・B・パーカー

私は昔から推理ものが好きでした。

小学生の頃、クリストファ・ブッシュ「完全殺人事件」が載っているまっ黒い世界推理全集の1冊がどうしても欲しくて、本屋の前を通る度にその全集の前まで親を連れてゆき、半分泣き顔で買って買ってと言い続けたんです。
親は、まだ無理だと反対したですが、結局根負けしてしまいました。
30数年前での定価で2000円以上していて、今だったら数万円近いのかも知れません。

若い貧乏夫婦には、大変な出費だったでしょう。
私はそんなことを気にも留めず、嬉しくて宝物のようにして持ち帰った記憶があります。

しかしこの本は、推理好きだけの小学生には難しくて、結局最後まで読めませんでした。
はじめは「面白い?」と聞いていた親も何も言わなくなり、高校ぐらいまで私の本棚に叱咤するように鎮座していました。

しかし、どういうわけか同時収録されていたE・S・ガードナー「ビロードの爪」は、一気に読んでしまえたのです。
有名なペリーメイスン・シリーズの第1作ですが、児童向けの推理に読み飽きていた私は、本物を読んでいる優越感と大人の世界を覗いたような気分で<舞台は遠い外国、美貌の人妻(どんなか分からないが、とにかく凄そう)法廷・・・>ドキドキだったのを覚えています。

以来、法廷サスペンスと海外の推理小説は好んで手に取るジャンルとなったのです。

著者パーカーは、私立探偵スペンサーを生んだことで有名です。
本書の主人公はスペンサーではないのですが、あのスペンサーが自分の規律に意固地なほど忠実な姿勢を取るのはなぜか?という背景を臭わせる作品です。
恋愛小説の形を取ってはいますが、むしろ「人が世界と向き合う1つの姿勢」を示した好書です。

いつもそうなのですが、とことん落ちぶれている人物に「激しい羨望」をおぼえる私です。
(2002年5月)