病気はなぜ、あるのか進化医学による新しい理解/ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ 新曜社

「鼻はなぜ、顔の真ん中で高く盛り上がっているのか知っている?」

「う〜ん。ジャングルを歩いている時は、飛び出た枝にあたって鼻血も出ただろうし、キスをするときには邪魔だしな〜匂いをかぐだけなら穴があればいいような気がするし・・・・高くなきゃいけない理由・・・ちょっと思い浮かばないな。」


「生物の形状や進化には、それなりに理由があるんだよ。
鼻が高くなったのは、高くなったほうが生物として生き残れる要因があったからさ。

鼻の進化で言えば、古代に目の悪い原始人類の種族がいたとするだろう。
彼らは、すぐ目の前にくるまで猛獣や危険が迫っているのが分からないから、食べられたり崖から転げ落ちてしまって死んでしまう可能性が高いんだ。

でも、鼻が高くてメガネをかけることが出来る種族はどうだろう?
彼らは、遠くの獣も見分けられるし、危険地帯には不用意に踏み込まなくてすむから、生き残る可能性は断然高いだろう。
後年こうやって生きのびた人類は、鼻が高くなったのさ!」

「なるほど!そうだったのか!それで鼻は高いんだね!・・・・でも、ちょっと変な気もするけどな?????」

進化論に関する本は、いつも危険と隣りあわせです。

もちろん本書は、トンデモ本ではありません。
それは著者達が、きちんと自分達の理論の限界性とデーターを示した反証性を残し、ある根本的な視点の提出に成功しているからです。

病気が、「どのような構造とメカニズムによって(至近要因)起こるのか?」と考えるのではなく、「なぜ(究極要因)存在しているのか?」という進化的要因を模索提唱しているのです。
その視点から見た対象地は、未開のジャングルのようで神秘と驚異に満ちています。

感染病をはじめ、ケガや老化、アレルギー、癌、性、そして精神病にまで「なぜ」あるのか?その進化論的優位とは?・・・・
病気の新しい顔が覗いています。

忘れえぬ子供たちハンセン病療養所のかたすみで/藤本フサコ 不知火書房
わすれられた命の詩ハンセン病を生きて/谺雄二 ポプラ社
近代日本のハンセン病と子どもたち・考/滝尾英二 広島青丘文庫
日本・朝鮮近代ハンセン病史考/滝尾英二未来社「未来」連載
生きぬいた証に ハンセン病療養所多摩全生園朝鮮人・韓国人/立教大学史学科山田ゼミナール編 緑蔭書房
病棄て思想としての隔離/島田等 ゆみる出版
「いのち」の近代史 「民族浄化」の名のもとに迫害されたハンセン病患者/藤野豊 かもがわ出版
日本ファシズムと優生思想/藤野豊 かもがわ出版
歴史のなかの「癩者」/藤野豊編 ゆみる出版
強制された健康日本ファシズム下の生命と身体/藤野豊 吉川弘文館
麻痺した顔らいの検診カルテから/原田禹雄 ルガール社
天刑病考/原田禹雄 言叢社
ハンセン病とキリスト教/荒井英子 岩波書店
救ライの使徒ダミアン神父/小田部胤明 グロリア文庫
生まれてきたのは何のためにハンセン病者の手記/松本信 教文館
証言・日本人の過ちハンセン病を生きて/藤田真一編著 人間と歴史社
門は開かれてらい医の悲願ー四十年の道/犀川一夫 みすず書房
無菌地帯らい予防法の真実とは/大竹章 草土文化
忍びてゆかな小説津田治子/大原富枝 講談社
ハンセン病療養所隔離の90年/太田順一 解放出版社
癩に捧げた八十年光田健輔の生涯/青柳緑 新潮社
深い淵から/堀田善衛・永丘智郎共編 新評論社
現代のスティグマ ハンセン病・精神病・エイズ・難病の艱難/大谷藤郎 勁草書房
緊急出版!らい予防法の廃止を考える/九州弁護士会連合会

人間にとって、「病」とはなんなのか?
社会にとって、「病」はいかなる意味をもっているのか?

この頃急に、新聞やTVでハンセン病について報道される機会が増えました。
紙面や論評を読んでいると、長年の苦労が少しずつ報われて、いまようやく彼ら彼女らも解放の道を進めてゆけそうです。
よかったです。
(でも・・・・)
そんなに酷いことされていたのか!知らなかった!
昔は差別に対する視点を持たなかったから、信じられない時代が長かったんだろうね。
僕らはきっと彼ら彼女らと会っても、受け入れていけると思うよ。
今まで会ったこと無かったんだけど、きっと会っても何とかうまくやってゆけると思うよ。
会ったこと無かったから・・・・
(でも、本当にそうだろうか・・・)

日本史のなかにおけるハンセン病患者の記述は、「日本書紀」の中で早くも表れていました。

世界史を見ても、新約聖書(旧約にも似たような表記がありますが、考古学的・疫学的研究によって、その当時レプラ桿を病原体とした感染症は存在していなかったのです。)に書かれていることはよく知られていることです。
しかしよく見てみるとその病に対する疎外世界は、古代の差別観がそのまま現代に繋がっているわけでもなく、また現代の差別観が古代と同じ差別観でもなかったのです。
このことは頭では分かっているつもりでしたが、どうもとんでもなく大きな落とし穴になっていたようです。

古代から近世にかけて彼らは、業病(天刑病)であったり血病(家系病)と言われたりする中で、さまざまな疎外と偏見にさらされてきました。
しかし近代における伝染説による完全隔離は、単なる政策や無知・偏見だけではなく社会理念の問題であるようにも思うのです。
ある問題に対するベクトルが、単一的な対応しか持たないとき、それは個々で生きる個人を無視し、社会の多様性の中で生きることを否定します。
完全隔離政策が国家の主導で行われる前、もちろん不条理な差別は行われてきました。
しかし、それでも地域や宗教や個人の多様な対応があって、そのなかで生きる選択肢もあったのです。
例えばどこで倒れようともかまわない「寺往来」というのがあったり、遍路や湯治・放浪に彼らが赴き、その中で治療に努力する地方医者との交流や、家族のために働いていた癩者や、彼らの社会的身分保障、宗教からの救済もあったのです。
そんな彼らを経済活動や救済のなかでとらえて、共に存在していた「社会」が確かにあったのです。
個人が生きるということは、「多様な生」を生きるということです。
社会にその多様性を認める余地が無いとき、それは「個人」として生きてゆけないということと同義なのです。

もちろん私は単純に、現代よりも過去のほうが良かったと言うつもりはありません。
針山の地獄が、業火の地獄に変わったとしても地獄であることに変わりはないのですから。

誤解を恐れずに言うと、差別や偏見は、人間の基本的な認識が差異認識から派生することを考えると、なくならないと思います。
しかし、ただ・・・・と考えてゆくことは可能だと考えているのです。

1964年5月16日付けの朝日新聞「天声人語」で「シュバイツァー博士は日本にもいた!」という題名で絶賛されたのは、14日に亡くなった「光田健輔」氏のことでした。
この人こそ、日本の強制隔離政策(光田イズム)を提唱・推進したその人です。
これが朝日新聞だけではなく、毎日新聞をはじめその他日本のマスコミの「良識」のスタンスでした。
しかし、その頃には医学常識としての伝染力の弱さ、特効薬プロミン(1943年)の治療法の確立、国際医療からの日本のハンセン病政策への批判(1956年)などで、強制隔離政策の非は明らかだったし、患者からの多くの声も出ていました。
それらの状況下における、マスコミの賛美記事だったのです。

あれから三十数年後の今、現在の「良心」報道合戦です。

日本の朝鮮統治時代には、朝鮮総督府によって数ヶ所ハンセン病療養所が作られました。
この地でも日本は、強制隔離と収容を行い、当然ながら数千人以上の断種手術も施していたのです。
その上あろうことか、かの患者たちに破傷菌を注射する人体実験も行っていたのです。

ハンセン病をめぐる昨今の報道にはなんとなく底の浅さを感じて、胡散臭さと疑念が生じてしまうのです。
しかしどうもことは、マスコミや政府だけでは無いように思います。
弱い声であっても確実に彼らの声は発せられてもいたし、問題性は指摘されていたのにもかかわらず、何十年も耳をふさぎ目を閉じて口の端にあげることを否定していた「私」が、次々と画面に流れ出る不幸な人々に自己を問うこともせず頷首していないでしょうか?

その単純性は、多様な古代・近世の差別と共生から、単一な隔離へと繋がった近代の差別観から一歩も前に進んでいないような気がしてなりません。
(2001年11月)